食べるものが変われば、ごちそうも変わる
「ごちそう」と聞いて、何を思い浮かべますか。寿司、うなぎ、すき焼き、ステーキ。ちょっと奮発した外食を思い浮かべる人もいるでしょう。
でも、たぶん、みんな同じではありません。
子どもの頃に誕生日に食べた料理だったり、家族が作ってくれたものだったり。なかには、特別な料理ではないけれど、なぜか「ごちそう」として思い出すものもあるでしょう。
では、昔の人にとってのごちそうは、どんなものだったのでしょう。今では当たり前に食べているものが、昔は特別なものだったりする。
反対に、昔の人が楽しみにしていたものが、今ではあまり見かけなくなっていることもあります。
食べるものが変われば、ごちそうも変わる。そんなところから、少し昔の食卓を覗いてみます。
「ごちそう」は、走り回ることから
「ごちそう」を漢字で書くと「御馳走」。「馳走」には、走り回るという意味があります。
今のように、店に行けば食材が揃う時代ではありません。誰かをもてなすために食材を探し、料理を用意する。
あちこち走り回って準備する。そんなところから「ごちそう」という言葉が生まれました。
今では料理そのものを指すことが多い言葉ですが、もともとは、人をもてなすために手を尽くすことだったようです。
そう考えると、ごちそうは最初から「高価な料理」という意味ではなかったのかもしれません。
江戸の食卓を覗いてみる
江戸の町が大きくなり、人や物が集まるようになるにつれて、食を取り巻く環境も少しずつ変わっていきました。
時代が進むと料理屋や屋台なども増え、町で食事を楽しむ機会も広がっていきます。
18世紀後半になると料理文化は大きく広がり、19世紀前半には、寿司や天ぷら、鰻、蕎麦など、今にもつながる食文化が成熟していきました。
そんな江戸の人たちの暮らしは、当時の川柳からも少し見えてきます。
酒について、こんな一句があります。
「世の中に 下戸の建てたる 蔵もなし」
酒を飲まない下戸が建てた酒蔵なんて、世の中にはない。
酒好きが、そんなことを言って笑っている。なんとも大らかな句です。
酒を楽しむ人もいれば、飲まない人もいる。
同じ町で暮らしていても、好きなものは違う。食べることだって、きっと同じだったのでしょう。
武士と町人では暮らしが違う。
裕福な商人と職人でも違う。
江戸の町に住む人と、農村で暮らす人でも違います。
普段の食事が違えば、特別な日に食べたいものも違ってきます。
ここで出てくるのが、「ハレとケ」という考え方です。毎日の暮らしが「ケ」。祭りや祝い事など、普段とは少し違う日が「ハレ」。ハレの日には、いつもより手をかけた料理を食べる。酒を酌み交わすこともあったでしょう。
けれど、何を食べれば「今日は特別だ」と感じるかは、家によっても、暮らしによっても違います。
江戸のごちそうも、一つではなかったようです。
新しい味がやってきた
明治になると、日本の食卓には新しいものが入ってきます。肉料理、パン、洋菓子。それまで馴染みの薄かった食べ物が、少しずつ日本の食生活に加わっていきました。
牛肉を食べることが特別だった時代もあります。
洋食を食べることそのものが、楽しみだった時代もありました。
知らなかった味に出会う。それだけでも、食卓は少し華やかになります。食べられるものが増えるにつれて、ごちそうの顔も増えていきました。
ごちそうに「豊かさ」が重なった
戦後になると、暮らしは大きく変わっていきます。冷蔵庫などの家電が普及し、食材も手に入りやすくなりました。外食する機会も増えていきます。
高度経済成長の頃になると、寿司や焼肉、ステーキなどが、特別な日の料理として親しまれるようになりました。
誕生日だから外食する。
クリスマスだから、いつもよりいいものを食べる。
給料日だから少し奮発する。
そんな食卓も増えていきました。ごちそうを家族で囲む。料理そのものだけでなく、家族が集まることも、特別な日の風景だったのかもしれません。
いつでも食べられる時代になった
そして今。食べ物は、ずいぶん身近になりました。スーパーへ行けば、さまざまな食材が並んでいます。
コンビニでも、寿司や弁当、スイーツが買える。冷凍食品も、昔とは比べものにならないほど身近になりました。
外食、テイクアウト、デリバリー。昔なら特別な日に食べていたものが、今日の夕食になることもあります。
「珍しいから、ごちそう」というだけでは、少し違ってきたようです。
「今日はこれが食べたい」
食べるものが増えた今は、選び方も自由になりました。全部を一から作らなくてもいい。
惣菜を一品買って、家で好きなものを作る。
旬のものを少しだけ楽しむ。
気に入った店へ出かける。
高価なものを食べることより、「今日はこれが食べたい」と思ったものを食べる。
それだけで、満足できることもあります。昔は「特別な日に食べるもの」だったごちそうが、今では「自分が食べたいもの」になっている。そんな変化もあるのかもしれません。
ごちそうは、人それぞれ
ここまで食卓を眺めてくると、少し面白いことに気づきます。江戸時代にも、暮らしによって食べるものが違っていた。
明治になれば、新しい食べ物が加わった。
戦後には、家族で楽しむごちそうが増えた。
そして今は、食べたいものを自分で選べる。
時代が変わるたびに、食卓も変わってきました。でも、ごちそうそのものがなくなったわけではありません。
寿司がごちそうの人もいる。
うなぎが好きな人もいる。
焼肉かもしれない。
酒を飲みながら、好きなものを少しずつつまむのがいいという人もいるでしょう。
あるいは、もっと身近なものかもしれません。
子どもの頃、家族で食べた料理。母親や父親が作ってくれたもの。何でもない日の食卓なのに、なぜか覚えている料理。
人に話せば「そんなもの?」と言われるかもしれない。それでも、自分にとっては特別だった。そんな料理が、誰にでも一つくらいあるのではないでしょうか。
そう考えると、「ごちそう」というものは、料理の値段だけでは決まらないようです。
食文化も関係する。時代も関係する。
暮らしてきた場所や、家族の食卓も関係する。
そして、その先には、自分自身の時間がある。
では、自分にとってのごちそうは、いつ、どこで生まれたのでしょう。その料理を思い出したとき、浮かんでくるのは味だけでしょうか。
誰と食べたのか。
どんな食卓だったのか。
そのとき、どんな話をしていたのか。
料理と一緒に、別の記憶までよみがえることはないでしょうか。ごちそうを辿っていくと、どうやら料理の話だけでは終わらないようです。
次は、自分の食卓を少し振り返ってみたいと思います。自分にとっての「ごちそう」は、何だったのか。